全国で配布されている知る人ぞ知るフリーマガジン「我ら茶柱探検隊」。
ありまさの女将が連載させて頂いています。
毎回当店の常連さんにインタビューさせて頂いておりますが、今回は岡山大学副学長の田中岳先生。
春まで東京工業大学にいらしたので、大岡山にいらしたときにお話を伺いました。
岡山に移られることが決まり、お引越しで大忙しにも関わらずとても充実したお話を聞かせて下さって、大感激でした。充実した内容でしたので、この連載初の前後編となり、今回はその前編です。

表紙はこんな冊子です。

蕎麦屋の女将さんが聞いた
「大学副学長」のほんとうの話 連載第8回

ありまさの近くにある東京工業大学の教授を経て、春から岡山大学副学長になられた田中岳先生がご来店。お皿を洗いながら耳を澄ましていると、お客様との楽しい会話が聞こえてきました。

大学で散歩を教えています!? 迷うから見つかる自分らしい道 (前編)

お隣 えっっ!! 副学長でいらっしゃるんですか。すごく気さくに話して下さるから…これはこれは失礼致しました。
田中 いやいや、副学長っぽくないと言われますから。
お隣 何を教えていらっしゃるんですか?
田中 今は特に講義は持っていないです。大学を面白くする、教育改革という仕事ですね。
お隣 ??
田中 もともとは物書きになりたかったんですよ。でも志望した新聞社に全敗、腰掛けで入った会社もあわなくて帰郷。体を壊して1年ほど療養し、その後契約社員で就職したものの納得がいかず辞めてしまい…
お隣 お酒が美味しくなってきましたよ(笑)。
田中 そこではじめてじっくり考えてみたわけです。物書きになりたいなんて言っていたけど、特に何か書いていたわけではなかったなと。楽しかったのは高校時代の塾バイトや大学時代の少年サッカーのコーチ。自分は教えたり、人が学ぶ場が好きなのかもしれない。
そんな時、京都精華大学の職員に採用されました。ここは非常に面白い大学で職員と教員が同じ給料です。職員も教育の責任の一端を担うと明記されていて、今はどうか知りませんが中年の学長より高齢の庭師さんの方が高給とりだったり、普通は職員に学長選挙の選挙権は無いのですが、職員も学長選挙に投票できるし立候補もできる。全員で大学を作っていく気風でした。僕も職員の仕事をしつつスキー部の監督をして、学祭でキムチ焼きそばを焼いて、もともと学生の人数が少ないから『あいつ、最近来てねーな』とか、まるで大家族みたいな感じです。
職員としても学生課、入試広報課、教務課、「教育推進センター」と働かせてもらい、学びの場をよくする方法を考えること、大学改革は面白いなと。もっと勉強したくなって名古屋大学大学院に高等教育マネジメントを学びに行きました。京都で職員をしつつ名古屋に通うのは…と悩みましたが、大学が理解してくれ、家族が協力してくれました。
お隣 紆余曲折あったけれど、道を見つけられた。
田中 その後九州大学で教えることになりました。ここでもすることは同じです。学生がのびのび学べる場を耕す。Learn how to learn 、学び方を学んでもらう。ある時、一年生のグループワークをしていたんですが、学生がみんな煮詰まってしまったんです。にっちもさっちもいかない。「散歩に行け」と言いました。ただし帰ってこい、キャンパスを出るな、課題は考え続けろ。帰ってきたらみんな晴れ晴れした顔をしてる。こういう息抜きというか、ちょっとした羽目の外し方を教える(笑)。「散歩」は何年か後にも「忘れられない」と言われました。国立大学なんて学生も教員も真面目な人ばっかりですからね。「岳さんだからできる」って言われますけど、僕はある授業中お菓子もOKにしました。そういう時ジュースサーバー持ち込んで美味いジュース絞ってた奴、そういうのは出世します(笑)。
お隣 楽しそうで羨ましいな。
田中 みんな真面目ないい子ばっかり。いい家庭で育って、いい大学に入って、いい就職を目指してる。屋上でたばこ吸ったり、こっそり酒飲んだり、線路に石置いたこともないでしょう。でも悩みはありますよ。大学にいるうちにだんだん親の期待と自分の興味が違ってくることがある。過去に自分が描いたキャリアプランがしっくりこなくなる。当然です。いろいろな人と出会って、自分の才能に絶望したり、前には見向きもしなかったものに興味が出てくる、そんなもんです。アフリカのことわざに『早く行くなら一人で行け。遠くに行くなら仲間と行け』、一人だと知ってる場所にしか行けない、だけど仲間となら思いがけないところに行ける。大学はそういう出会いがあるところだし、偶然何かが生まれるところ。要は、偶然を必然に変える力が必要なんです。でも当初の計画や親の期待にこだわると、偶然を無視する。自分の成長を自分で止め、アップデートしない。
お隣 そしてしっくりこない道に進んでしまう。
田中 計画外のことに目を背けるのは、失敗が怖いからです。いい子は失敗しませんよ。失敗しないからいい大学に行ける。でも人生は山あり谷ありでしょう? 山はいいです、見えますから。前もって準備できる受験みたいなもんです。でも谷とか、壕とか、ある日突然前に進めなくなることがありますね。
お隣 まあそんなことだらけです(笑)。
田中 偶然を受け止め、突然の困難にもへこたれない。そういう方がかっこいいですよね? では実際どうするかですが…(次回に続く)

田中岳 プロフィール
岡山大学副学長。大学卒業後、会社勤務等の後に京都精華大学職員。名古屋大学大学院教育発達科学研究科博士後期課程単位取得退学。九州大学教育改革企画支援室准教授、東京工業大学教育革新センター教授を経て現職。