渋谷区を中心に配布されているフリーマガジン「CHA われら茶柱探検隊」。
ありまさの女将がありまさのお客様をインタビューするという記事「蕎麦屋の女将さんが聞いた○○のほんとうの話」が毎号掲載されています。
今回のゲストはジュエリーデザイナーの東山美奈子さん。
思いやりマスク募金で素敵な布マスクを作って下さった方です。

いつもは店内にこの冊子を置いておくのですが、コロナで共用も憚られますし、記事を公開させて頂きます。


蕎麦屋の女将さんが聞いた
「ジュエリーデザイナー」のほんとうの話  連載第4回

オリジナルブランドを立ち上げジュエリーをデザイン、制作する東山美奈子さんがご来店。
お皿を洗いながら耳を澄ましていると、お客様との楽しい会話が聞こえてきました。

石に触れ、石と語り、人の心を輝かせる

お隣 ジュエリー作りって、具体的にはどうするんですか?
東山 カルティエ、ブルガリ、日本ではミキモトなど世界の老舗ジュエラーは分業制です。ジュエリーデザイナーによってイメージのスケッチや実物大の精密な製図が描かれ、これを基に宝石は研磨士が、石座や枠組みは彫金職人が造り、最終的に石留め職人が宝石をタガネで一石一石留めます。
お隣 沢山の人が関わってるんですね。
東山 一方で私のような独立した工房は、これらを全部一人でやることになります。お客様との打ち合わせ、デザイン、原型の制作、地金を溶かしたり延ばしたり、最終的に研磨したり。
1人だと大変なようですが、デザインしつつすぐに形を作れる、作業を連動させられるのでより実物に近い形でお客様にご提案が出来ますし、すべての工程を私が行うので制作の狙いが揺るがず、ご要望から逸れることがないのが良さでしょうか。
お隣 大量生産が難しい世界ですね。
東山 大量生産できる部分もあるのですが、希少だからこその価値があるともいえます。最近ではCADや3Dプリンターも導入されてきて、パソコンではじめから立体としてデザインし、そのデータから原型を作ったり、ソフトを用いてシュミレーションしたり、制作方法の選択肢は拡がっています。
とはいえジュエリーは身につけるものですから肌感覚が大切で、実際ミリ以下の細かい調整が必要になります。重すぎず、軽すぎず、例えばリングなら内側の指のあたる面をどう仕上げるか、それぞれ個性がある宝石が1番美しく輝くのはどの位置か…このあたりは説明できない感覚の部分です。制作は「常に石を眼の前に置き、手に取りながら」と教えられました。その石の特性を知り尽くした上で最上の仕上げを施すためには、石とじっくり向き合うこと。今後はそんな職人技と先端技術を組み合わせていくことになるでしょうね。
お隣 石や金属を加工する技術って難しそうですけど、専門的に勉強されたんですか?
東山 これはあくまで私の場合ですが…小さな頃、時計職人の祖父の机にある1ミリにも満たない軸受けのルビーに「きれい!」と釘付けになり、強烈な記憶として残っています。高校のクラブで油絵をはじめ、美術大学に進学。大学で工芸や版画に触れましたが、就職するなら身につけられる美術品で恒久性があるジュエリーだと迷わず決めました。
数年ジュエリーメーカーに勤め世界中の作品を見るうちに、イタリアのジュエリーは細工やデザインが斬新でユーモアもあり、「これは現地に行かなくては!」と思い始めました。両親や友人、知人の後押しあっての渡航でしたが、結果的にはかけがえのない経験になり、技術の勉強以上に人生の学びも多く、行って良かったです。
お隣 イタリアに知り合いは?
東山 これといったツテは無かったのですが、ボローニャで通っていた語学コースの最後に「イタリアでやりたいことは?」と聞かれ「ジュエリーの仕事をしたい」と答えたら、先生が「それならいつも通りがかる素敵な工房があるから行ってみましょう。最後の実習よ!」と提案されて、マルタさんという女性が営む小さな工房の扉を叩きました。当時はiPadも無いので自分の作品のスナップ写真を綴じたものを見せて「ここで働きたいです!」とプレゼンしたら「週2、3日なら来て、ここで仕事していいわよ」と。上手な言い回しもできないダイレクトなイタリア語が逆に良かったのかもしれません(笑)。思いがけない縁から修行がはじまりました。
修行といっても主従関係は無く、私は自分の制作をし、たまに工具の使い方を教えて貰うくらい。あとは彼女の作業を見て学び、たまに出来たジュエリーを近所のお店に届けに行ったり。数年間勉強させて貰いました。何の義理もない日本から来た若者に無償で机を使わせてくれのです。その本当の有難さを理解できたのは、この年齢になってからかもしれません。彼女の姿勢は今も目標にしています。
お隣 イタリア人は陽気で大雑把というイメージでした。
東山 いえいえ、こだわるところは細部までこだわります。その情熱が美術だけでなく街並み、建築、食…あらゆるところに浸透している魅力の尽きない国です。私が過ごした北イタリアで感染症が拡大し心が痛みました。早く元の活気が戻るよう祈っています。私自身も過去や未来に思いをはせる時間を経て、より「心」に寄り添った制作にシフトしてゆく気がします。身につける方の喜びや癒しになるジュエリーを目指しています。

東山美奈子
武蔵野美術大学造形学部卒業。イタリア・ボローニャの彫金工房にてMARTA MASINA氏に師事。2008年etraブランド立ち上げ。株式会社etra設立。2013年etra Okusawa atelierオープン。

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